テクダの長文

日本の四季

決闘

「抜けぃ!」


亀蔵は叫ぶ。手にはもう握られていた。


「人が居る。抜く訳にはいかぬ」


市之進はどうしたと騒めく往来にちらと目をやり、その奥に居る不安気な面持のお菊を捉えた。


「人が居ると抜けぬと申すか。では先に抜かせてもらおう」


亀蔵はゆっくりと抜き始める。


「抜くな!こんな場所で!」


「こんな場所だからこそ抜く!」


じっと市之進を見つめながら亀蔵は抜く速度を上げる。お菊は両手で顔を覆っていた。


「よし、分かった、私も抜こう」


市之進は決心し、手でしっかりと握る。


「そう来なくては」


亀蔵は抜き始めている市之進の長く反ったものを見ながら下卑た笑みを浮かべ、自らも抜き続ける。市之進の手は汗ばんでいた。


「人前で抜くのは初めてだ」


嘘ではなかった。市之進が抜く時は決まって独り自室で誰にも見られぬように気を張っており、ましてお菊が見ている前で抜くなど言語道断。狂気の沙汰であった。


「おい、ひとつ提案がある」


抜く手を止めないまま亀蔵が言う。


「何だ」


「どうだろう、互いに“抜き合う”というのは」


抜き合う、どういう意味だ。市之進は眉をひそめる。


「抜き合うとは何だ」


「拙者がお主のものを抜き、お主は拙者のものを抜く、そうやって互いに同時に抜き合うのだ」


「馬鹿な」


市之進は吐き捨て、再び野次馬に目をやる。

お菊は両手の指の隙間からこちらを見ていた。


「そんなこと何の意味がある」


「意味?面白いことを言う。お主は抜くことに意味があると申すのか」


亀蔵は笑った。

笑い声に合わせて抜く手が更に速まる。


亀蔵の言うとおり、抜くことに意味など無いのかもしれない。現に市之進は毎晩抜き終えたあとに得も言われぬ虚無感に襲われ、こんな無意味なことはやめようと自戒するのであるが、

次の晩にはまた抜いているのであった。


「よし、分かった、抜き合おう」


覚悟を決めると市之進は亀蔵のものを握った。

太くて立派なものであった。

亀蔵も市之進のものを握る。

思わず腰が引ける。

そうして市之進と亀蔵は互いのものを同時に

抜いた。


刹那、市之進の脳天に鋭い閃光が走る。

その今まで感じたことのない感覚に市之進はそのまま後ろへ倒れ込んでしまった。


逆さまの視界の中でお菊を探したが、もうお菊は居なかった。


深い群青の空に打水の跡のような薄雲がひとつ、ぽっかりと浮かんでいた。